[最近思う事] 2003年

 

                                                《4月上旬へ》

  3月31日 映画「ブラックホーク・ダウン」
   《国連のPKO(平和維持活動)の一環としてソマリアのモガディシュに派遣されたアメリカのエリート兵士たちの実際の経験談に基づく、慟哭の実話である。ソマリア国内をずたずたに切り刻んだ内戦を鎮圧するため、その作戦の一部としてソマリアの軍事独裁政権の指揮官数名を誘拐するのが彼らがうけた特命だった。しかし、周到に計画されたこの特別作戦は泥沼の中に・・・。ベトナム以来アメリカ軍が経験した最大の銃撃戦に発展してしまう。
 1993年10月3日のソマリア、30分で終わる作戦が夜を越え15時間に及んでしまった。米国の兵士の死亡は19人。ソマリ族の死者は"確認されなかった"(しなかった)が千人以上にものぼる」というコメント。結局 この作戦失敗で、アメリカと国連はソマリアから撤退する事になる。 去年のアカデミー賞受賞作品ですが、DVDで発売されています。内容は戦争映画ですが、 映画の善し悪しをここでは言いません。この、ソマリア戦争を克明に描いていますが、今のイラン戦争と符合して居る点がコワイ。
   
  3月30日 更新のインストール
   マイクロソフトから自動更新のお知らせが1週間ぐらい毎日入っています。そんなに修正プログラムが立て続けに出てきているのでしょうか。一応ダウンロードはしていますが、当家のパソコンが一度インストールしているのに認識せずにまた同じプログラムをダウンロードしているのでしょうか。今までは再起動不要のプログラムでしたが、今回は再起動の指示が出ていました。 連日の事だと不安になります。
 だんだん良くなるのか、それとも未完成のOSを今一生懸命直しているのでしょうか。心配になります。
 (マイクロソフト ウインドウズXPホームエディション使用)
   
  3月29日 八百屋お七忌(円乗寺)
   八百屋お七墓(円乗寺)文京区白山1-34-6

  江戸観音12番札所としても知られる天台宗圓乗寺。井原西鶴の名作『好色五人女』などで有名なお七(1668〜1683)の墓がある。お七の生家は駒込片町(一説によると本郷追分とも)の有数な八百屋であった。1682年12月の天和の大火で家が焼け、菩提寺の円乗寺(吉祥寺説は誤り)に避難したが、避難中に円乗寺の小姓山田佐兵衛と恋仲になった。やがて家は再建され戻ったが佐兵衛あいたさに付け火をした。放火の大罪で捕らえられたお七は、1683年3月火あぶりの刑にされた 。そのお七さんの命日で、321回忌です。第28話・落語「くしゃみ講釈」でも可憐なお七さんが描かれています。
 お七さんについて『曳屋庵我衣』は、「一体ふとり肉(じし)にて少し痘痕(あばた)のあともありしといえり。色は白かりけれどもよき女にてはなかりし」と記述されています。
イメージを崩して申し訳有りません。お芝居と違って現実は・・・。

   
  3月28日 自動車免許更新
   自動車の免許更新手続きは自分の誕生日の1ヶ月前から当日までとなっていましたが、今はプラス誕生日後1ヶ月までと期間が伸びました。ですから、誕生日の前後1ヶ月、合計2ヶ月間が更新のための日にちになったのです。今までは1日でも過ぎると免許は失効してしまい、更新するのにも手間が掛かりました。今回の変更により救われる人が大勢いる事でしょう。
 私は前々回の時、3ヶ月後に初めて気が付き、慌てて更新に行きましたが、かなりの人がこの処理の列に並んでいたのを思い出します。更新手続きは簡単ですが、免許証の取得日が更新日になって初心者なみの経験年数になってしまいました。これからはこの様な人達もかなり救われるでしょう。

 3月27日気象庁から桜(そめいよしの)の開花宣言(予報では3月29日)が例年より1日早く出ました。民間予報会社(WNI)でも、上野公園の桜が開花したと発表(予報では4月2日)がありました。

   
  3月27日 桜が咲いた
  「両の手に桃とさくらや草の餅」     芭蕉 

 東京の桜が咲き始めましたので、私個人で開花宣言しましょう。暖かな日が続いている昨日、26日都心では各所で気の早い花が開き出しました。東京の標準木は靖国神社にありますのでそこの桜が咲かないと、気象庁の開花宣言が出ません。それも時間の問題でしょう。
 過去に標準木で面白い事がありました。東京の桜の開花より異常に早く咲いた事がありましたが、標準木なので開花宣言しましたが、おかしいので調べてみると、面白い事実が分かったのです。それは冬の間枯れ葉をその桜の標準木の脇でたき火を毎日していたのです。標準木は春が早く来たと思って回りの木より早く咲いてしまったのです。それ以後、その近所ではたき火をしないようにしているとのことです。
 逆にある観光協会がその年は桜の開花が遅れていたので、桜祭りの期間内に咲くように3本だけジェットバーナーで3日間ぶっ続けに加温したのですが、無駄で他の木と同じ日に咲いたそうです。短い時間では自然はそんなにたやすく変えられないのかも知れません。
 開花宣言がされてから、約1週間後に満開になるようです。そのペースからすると、4月第1日曜日、6日頃が見頃のようです。小学校の入学式が桜の花の下で出来るでしょう。

   
  3月26日 すみれの花咲くころ
 

  
すみれの花咲くころ

          Franz Doelle(独)作曲 
                 
白井鐵造 作詞                 

すみれの花咲くころ
初めて君を知りぬ
君を想い 日ごと夜ごと
悩みし あの日のころ

すみれの花咲くころ
今も心ふるう
忘れな君 われらの恋
すみれの花咲くころ
 

すみれの花咲くころの本歌になった原詩です。原詩ではスミレはライラックです。

ドイツ語原詞(フリッツ・ロッター) 原詞の日本語訳
Wenn der weiße Flieder wieder blüht,
sing ich dir mein schönstes Liebeslied,
immer immer wieder knie ich vor dir nieder,
bring ich dir den Duft von weißem Flieder.

Wenn der weiße Flieder wieder blüht,
küs ich deine roten Lippen müd',
wie im Land der Märchen werd'n wir ein Pärchen,
wenn der weiße Flieder wieder blüht.
白いリラの花がまた咲くころ、
あなたのために一番美しい愛の歌を歌おう。
何度も何度もあなたの前にひざまずき、
白いリラの香りをあなたに届けよう。

白いリラの花がまた咲くころ、
あなたの赤い唇に飽きるまで接吻しよう。
メルヘンの国でのようにカップルになろう、
白いリラの花がまた咲くころ。

http://www.okada.de/unchiku/romy/romy.htm より

 すみれ(菫)は花の形が大工道具の”墨入れ”に似ていることから、「すみいれ」の呼び方がしだいに「すみれ」になった、と言われています。 開花時期は、  3/15頃〜  5/10頃、春の盛りです。

山路(やまじ)きて  なにやらゆかし菫草(すみれぐさ)  芭蕉   

花言葉は「思慮深い、奥ゆかしい、控えた美しさ」。
すみれ(白) 無邪気な愛を
すみれ(紫)
すみれ(黄) 慎ましい幸福   *出典によって微妙に違いがあります。

photoスミレ photoライラック (リラ)

 「ライラック」は英語名で、イギリスでは5月祭の花になっています。別名  「リラ」はフランス語、 和名では「紫丁香花(むらさきはしどい)」 と言います。フランスで「リラの咲く頃」とは、一番良い気候のことを指します。北海道でも素晴らしい花を付けます。

   
  3月25日 電気記念日
 

 明治11年(1878年)3月25日の夕方、東京虎ノ門の工部大学校(現在の東京大学工学部)の車寄せに、当時の大臣参議をはじめとする高官、各国公使などを乗せた馬車が次々と着いては、玄関から2階の講堂に案内されていきました。
 これは、工部省電信局が、東京銀座木挽町に中央電信局を開設した開業祝いに工部大学校で行ったものです。
  そして、この日の会場に電気灯を用いるよう、伊藤博文工部翁から命ぜられていた英国人エアトンは、グローブ電池50個を使い、講堂の天井に備えられたアーク灯を点灯するため、助手の学生らを指揮していました。電気溶接の光をイメージするといいでしょう。
やがて6時、エアトン教授の合図とともに、目もくらむような青白い光がほとばしり、講堂をくまなく照らしだして、その夜の150余名の来賓たちに“不夜城に遊ぶ思い”と驚嘆の声をあげさせました。
 これが、わが国の電気の歴史の1ページを飾る、電灯が公の場所ではじめて点灯された一瞬でした。
 工部大学校でアーク灯が点灯された翌年の明治12年11月21日、エジソンが白熱電球を発明し、わが国にも輸入され、同19年には東京に電灯会社が生まれ、電灯に、動力にと、電気の時代が開かれました。
 動力の利用は電灯よりも少し遅れて、明治23年11月東京浅草の凌雲閣(十二階)のエレベータ運転用として7馬力電動機に供給されたのが初めてであり、同28年2月には京都伏見線で電気鉄道が初めて営業運転を行いました。
 日本電気協会が1927(昭和2)年9月に制定。

 日本電気協会ホームページhttp://www.denki.or.jp/
より、(一部加筆)
 凌雲閣(りょううんかく) 東京都台東区浅草公園にあった12階の煉瓦造の建物。1890年(明治23)の建造。高さ50メートル。日本一の高さで、展望は最高だと言われた。1923年(大正12)の大震災に倒壊し、撤去。俗称、十二階。

   
  3月24日 近所の花たち
     

左から、
ぼけ(木瓜)の花」、白と赤の丸ぽちゃの花です。直径2−3cm。私の頭の中と違って愛くるしい、キリッとした花です。
日向みずき」(ひゅうが水木)、生け垣や低い花壇の仕切などに植えます。1−2cmの釣り鐘状の花です。 もう少し花が大きいのに「土佐みずき」が有ります。同じ色で同時期に咲いてます。
あせび」(馬酔木)、2cm位の筒状の花が房になって咲いています。1−2mの木にビッシリ咲いています。  馬が食べると酒に酔ったようになるということで、この名があります。木の皮をすりつぶして川に投げ入れると魚が浮き上がるほどのシビレ毒があります。 
”あけび”とは名前が似ていますが、全くの別ものです。私が名前をドガチャカにしていただけで、あけびはツル状で山に自生し秋に実を付けるものです。

   
  3月23日 卵と玉子
 

 卵と玉子の違いについて、分かっている様で私も分かっていない事を調べてみたら、

卵(たまご)とは、
 1.鳥・魚・虫などのメスが産む、殻や膜に包まれた胚や栄養分。 回りくどいがです。
 2.特に、食用にする鶏のたまご。鶏卵です。
 3.修業中で、まだ一人前にならない人。まだ本格的にならないもの。 「弁護士の卵」「台風の卵」・・・、ははは、卵の内は温室の中みたいで過ごし易いが、殻を破って出てくると、それはそれは・・・の社会ですよね。
 ところで「玉子」は、鶏卵を使った料理、あるいは料理用鶏卵の場合に限って用いるのが 普通。と有りますから、「玉子焼き」とか「玉子汁」、「茹玉子」(でた!)、「玉子とじ」、「玉子丼」、「玉子料理」等と使うのでしょう。早い話(チットモ早くない)が、料理に出されたものは玉子です。

卵に目鼻卵に目と鼻がついているような、色白のかわいい顔。
卵の四角と女郎(じよろう)の誠ありえない物事のたとえ。
卵を見て時夜(じや)を求む〔「荘子(斉物論)」による。「まだ孵化(ふか)もしない鶏卵を見て、時を告げるのを待ち望む」の意〕物事の順序を考えず、早く結果を求めること。
卵を渡(わた)〔割れやすい卵の上を歩くところから〕危険なことのたとえ。

   
  3月22日 杏の花
   亀戸中央公園(江東区亀戸8−27)に咲く豊後梅です。
この梅は梅と杏の自然交配されたもの(公園事務所談)で只今満開、メジロが飛んできています。
写真をクリックすると全景とUP写真3枚が見られます。

 

 

 同公園に咲く約40本の杏の花です。
杏の花は梅の花とそっくりで、まず見分けられません。この公園を管理している所ですら、上記の梅と杏を混同していました。花びらの後ろの額が反り返っているのが梅、花びらに沿っているのが杏です。咲く時期もずれていて、梅は満開ですが、杏は3分咲きです。杏に続いて桜です。
写真をクリックすると別の大きな写真が見られます。
(3月23日で五分咲きです。)
杏林(きょうりん)の故事
              
    [神仙伝]にとると、中国古代三国の呉にある名医の董奉(とうほう)が、病人をなおしても貧乏人からは代金をとらず、治った者に記念として、症状の軽い患者には杏を一株、重病者には杏を五株植えさせた。数年にして家のまわりに 立派な杏の林ができた。それ以来、「杏林」は医者の尊称となった。 ” 医は仁術なり”の故事

   
  3月21日 春分(しゅんぶん)の日
   二十四節気の一つ。 昼と夜の時間が等しい日。日本の大部分の地域では春分から4月上旬にかけて年間最大の気温上昇率を示す。北海道ではようやく春めいてくる頃である。札幌の根雪(長期積雪)の終日の平年値は4月3日で す。
 彼岸(ひがん)春分と秋分の前後の3日ずつの計7日のこと。初日を彼岸の入り、当日を中日(ちゅうにち)、終日を明けと呼ぶ。”ぼた餅”もこの頃食べます。秋の彼岸に食べるのは”おはぎ”、同じものでも春・秋によって呼び方が変わります。
 

2003年の3回目さくらの開花予想の等期日線図(気象庁3月19日発表)

東京は前回と同じく3月29日です。名古屋24日、高知は開花済みです。

   
3月20日 「落語とWeb、そして私」その2

「大江戸演芸捜査網」に寄稿したそのUを、皆様だけに内緒で先にUPします。
http://forum.nifty.com/ftheater/fstage/weekly/

 

 

 
「吟醸の館」《落語の舞台を歩く》裏話

これからは、『落語の舞台を歩く』のその後の舞台裏を書きましょう。

 前回は吉原の今の情景を書きましたが、古き良き(?)時代は過ぎ去ってしまっ
たのでしょうね。

 古典落語の世界の舞台は江戸の後期から明治の時代が主になります。これは今
から約100年が経っていますので、その時代の風情が残っているのが不思議な
ぐらいです。「それを言ったらおしまいよ」と寅さんに言われそうですが、100年
以上その状態が保持されているのは大げさに言えば神社仏閣や隅田川ぐらい
でしょう。道路も改修されて、曲がった道路は直線になり、川は埋め立てられて
道路や公園になってしまいました。町並みも震災や戦災でがらっと変わりました
し、首都高やバイパスも出来て町の感じも変わってしまいました。
 その変わった世界を楽しみに出掛けるのが『落語の舞台を歩く』です。

  では、道路が変わってしまって、分からなかった事は「文七元結」の達磨横町の
叔父さんが住んでいる所です。古地図で調べると、正式名称ばかりで、俗名称は
書いてありません。俗里地図を書き上げた歴史家が居ましてその人が作った地図
からやっと発見したのは良いのですが、当時の道は弓なりの曲がった路ですが、
今は整備されて方眼状になっています。2本目の路をとっても3本目の路をとっ
ても間違いとは言えませんし、正解とも言えません。
 また、「黄金餅」では東京を縦断する行程を歩きますが、飯倉片町(麻布台3
丁目、首都高速下)〜おかめ団子屋の前(六本木5-18-1)を左折するのですが、
落語では、飯倉片町を左に折れて・・・、と言いますが、現在の飯倉片町はオリ
ンピックの為に新しく出来た道路です。車で曲がると落語の説明道り行かれるの
でこの角がおかめ団子の有った所と勘違いしますが、旧の角まで来ると地名も変
わってここが?と思わせます。事実この角の店で取材をして、70歳見当のご主
人に聞いても良く分からないと言います。
そのように江戸は歴史の彼方に行ってしまったのでしょう。
 隅田川を舞台にした噺は沢山ありますが、当時の呼び名”大川”ですし、橋の
名前は同じでも現代の橋は4代目や6代目であったり、架かっていた場所もずれ
ています。中小の河川では大部分が埋め立てられてしまいました。「乳房榎」で
は新宿角筈十二社(じゅうにそう)権現(熊野神社)の瀧は既に無く公園の外周
道路になりはてていました。でも、道路の高低差は当時と同じで瀧の大きさは想
像することが出来ます。

 ボツになる取材原稿が有ると前回書きましたが、その中から吉原の悲惨な事を
書きましょう。通称吉原公園その中ほどに弁天池があり、震災の時避難してきた
遊女達が火から逃げるため多数水死しました。今はその一角(千束3−22−3)
に、これを供養するため、弁財天が祀られていますが、この時の写真が残ってい
るのです。一枚目は多数の遊女が水面に浮かんでいます。水面が見えないほどの
死体がひしめき合っています。その池の回りに男達が”かけや”(火消しが持つ
もので、竹竿の先に引っかけ金具の付いたもの)を持って居る図です。次の写真
はかけやで遊女を引き上げています。説明文では『引き上げても引き上げても、
水中から遊女が浮き上がってきて、いつまで引き上げても最初の時と変わらなかっ
た』、と言います。この様な記事や写真はどうしても”落語”としては載せる事が
出来ません。、歴史の重大な一場面でしょうが、割愛する事になります。
 
  がらっと変わって「くしゃみ講釈」では、唐辛子と胡椒の粉を燃やしてかぎ分け
て報告しようとしましたが、女房が「止めてくれ」と懇願するので実験はお預け
のままです。ですから、八百屋お七から話が広がって江戸の火事にまで広がって
いきましたし、「五貫裁き」では江戸の通貨制度まで思わず話が弾んでしまいま
した。

 舞台の多くは当然下町に集中します。その中でも多いのが、隅田川周辺の吾妻
橋・蔵前・両国、永代橋、浅草・浅草寺、吉原、上野周辺等でしょう。浅草寺に
は噺のたびに何回となく訪れていますが、これからも行かなくてはいけない噺が
つかえています。

  これからも本編『落語の舞台を歩く』http://ginjo.fc2web.com/ へ足(?)を
お運び下さい。
また、機会があったら、裏話の続きでもお話ししましょう。
 

 
   
3月19日 カメラ発明記念日
  1837(天保8)年、フランスのルイ・マンデ・ダゲールが写真法を発明しました。この写真術は「ダゲレオタイプ」と呼ばれ、銀板写真法で初めて映像を板に定着させたものです。フランス科学アカデミーで1939年公表され、これが写真術の始まりとなったのです。カメラ自体は暗箱と言って16〜17世紀には存在し景色などを眺めて楽しんでいましたが、その映像を固定化出来ませんでした。それをダゲールが発明したもので、この技術が現在のフイルムに踏襲されています。それ以前にも映像を固定化する事が試され、実現化していましたが、現在に繋がる発明としては彼がパイオニアで しょう。


左からライカVF、コダック蛇腹式、ニコンF、どれも時代を代表する名機で現役です。

(お約束の次回原稿は明日にお預け m(_ _)m)

3月18日 「落語とWeb、そして私」の原稿

「大江戸演芸捜査網」に寄稿したものを、皆様だけに内緒で先にUPします。
http://forum.nifty.com/ftheater/fstage/weekly/
 

 

 
 「吟醸の館」初めの一歩

 4年前、息子の卒業記念にとパソコンを1台贈る事になりました。Windows98
が入った当時の最新版でした。私は当時Dosの環境で落語のテープの整理をし
たりしていましたので、触るのは怖くありませんでしたので、息子にお願いして
空いている時間貸してもらう事にしました。たまたま新橋の「酒プラザ」に日本
酒を吟味しに行っていました。隣のビルにNECのパソコンショールームがあっ
て冷やかしのつもりで入ったら親切なガイドさんがホームページの作り方を手取
り足取り教えてくれました。ほんの30分程で概略を実演して見せてくれたので
す。「おッ、これなら私でも出来そうだ」と思ったのが深みへの第一歩だったの
です。その内、”庇を貸して母屋を取られる”ではありませんが、誰のパソコン
か分からなくなって、気が付いたら『お部屋のクリーニング』が完成していまし
た。後はいつUPするかの問題とホームページの題名の命名です。お酒の事も
書きたかったので、『吟醸の館』とし、2.3ヶ月で小さなホームページが誕生し
たのです。
息子曰く「あれあれっと思っている内に創ってしまった。僕よりパソコン使いこな
している」。ははは、誰の為に買ったか知らなかったのか、と内心思いながらの
船出です。

  次は『お酒の話』です。私は20年近く吟醸酒を飲み続けています。仲間との会
も持っていますので、そこで飲んだ吟醸酒の味わいをリポートすることにしまし
た。最初の頃は吟醸酒と言っても肩書きばかりでだまされる事が多かったので、
本当の品質を知ってもらいたいが為に書き始めた様なもので、最近は美酒が多
くなって楽しみながら飲む事が多くなりました。それでも不味い酒に出会うと、つ
いキーボードがすべります。
 そんなきつい事を言っても、その蔵元さんがリンクを張ってくれたのには頭が
下がりました。
 このころになると、私へのメールも来る様になりました。一番嬉しかったのは
正直、内容の良さ(?)を褒めてくれた時でした。ホームページをやっていると
最初は自己満足のところで書いていますが、その内にむなしくなってくるのです。
いったいこのホームページを見てくれる人がいるのだろうか、また役に立ってい
るのだろうか、誰かに刺激を与えているのだろうか、と疑問がわいてきます。そ
の時に感謝のメールを頂くと金メダルを取った様に嬉しく思うものです。プリン
トアウトして家族中に見せて回ったのもこのころです。そのような励ましに支え
られてホームページは発展していくのです。

  『お酒の話』も軌道に乗ったところで始めましたよ『落語の話』。インターネットの
中を歩くと沢山の落語ファンが各自思い思いのホームページを作っています。
どうしても重なるところが出てきます。それでは意味がないし、やり甲斐があり
ません。と言う事は自分自身続かない事が分かっています。さぁ〜どうする!
以前、若手の落語家さんと話していた時、噺の中身が理解出来ていないし、場所
の理解も出来ていない事に気が付きました。”自分でも出来て楽しめる”をもっ
とうに落語の舞台を歩く事にしたのです。題名も『落語の舞台を歩く』、だんだ
ん形が見えてきました。
 第1話は「百川」(ももかわと読みます。ご存じでしたか。それは失礼)です。
この噺は先ほどの若手落語家の勉強不足を実地検証で穴埋めするつもりで出掛け
ました。まず5人ほどの落語家さんの噺を聞いて、一番いい出来の噺を取り上げ
て概略を書きます。その中から、分かりにくい言葉や地名や歴史をピックアップ
して図書館で調べ上げます。あれば直ぐに仕上がるのですが、資料がないと別の
資料館などを当たります。持ち寄った資料の中から使うのは数分の一ですが、こ
れによって中身が濃くなると思っています。写真も5、60枚ほど撮りますが使
うのは極わずかです。
 目黒のサンマ、芝浜と続いて江戸四宿の噺に入っていきます。このころの10
話近くはプロトタイプの様で最近の定型と少し違いますが、初期作品?として触
るのは今のところ考えていません。
 どうしても避けて通れない舞台があります。遊郭の”吉原”です。ここを舞台
にした噺は数多く、また楽しい噺が目白押しです。しょうがありません、行きま
したよ。当然昼の吉原、ここには過日の遊郭は一切ありません。有るのは今風特
殊浴場ばかり、昼間からネオンちかちかさせて早朝割引とかデイサービスとか言っ
て袖を引くお兄さんがいっぱい居ます。当然この時間にはお客はちらほらしか居
ませんので、カメラを持った私に視線が集中するのは仕方がないのでしょうが、
落ち着いてカメラも向けられません。今の吉原の中心にはマンションや飲み屋さ
んがあって駅前の様な町の情景を作っています。子供達がランドセルを担いでそ
の前を通り過ぎます。

 あらら、ちょっと長くなってしまいましたね。今日はここまでにしましょう。
 

この続きは来週になりますが、ここでは明日UPします。

3月17日 トリス

57年ぶり新「トリス」 「アンクルトリス」も復活−−サントリー
 サントリーは18日、昭和30年代に人気を博した「トリスウイスキー」の新商品を57年ぶりに発売する。同社宣伝部に在籍した作家の故山口瞳氏の「トリスを飲んでハワイに行こう」の宣伝コピーで知られ、炭酸水で割るハイボール用に好まれ、1962年には65%のシェアを占めた。だが、昨年は全盛期の50分の1の販売量に落ちていた。
アンクル・トリス
 46年の発売以来中身を変えていない現行「トリス」とは、アルコール度数は同じだが、甘めの軽いタイプで飲みやすくした。広告キャラクターの「アンクルトリス」も復活させる。昨年度の3倍強に当たる20万ケース(1ケースは700ミリリットル瓶12本)の売り上げをもくろんでいる。【岩崎誠】
(毎日新聞2003年3月5日東京朝刊から)

このトリスブームの火付け役となったのは、「洋酒天国」だけではありません。昭和33年(1958)のこと、東京・茅場町の壽屋宣伝部内において開高健、柳原良平、酒井睦雄の各氏が約30分の会議を開いて誕生したのが「アンクル・トリス」というTVCMキャラクターでした。このCMが大ヒットとなり、トリスウイスキーはますます庶民の間に知られることとなりました。のちに「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」の広告がヒットし、トリスブームは加速してゆきます。今でも「アンクル・トリス」のグッズは懐かし系のお店で高値になっています。

3月16日 焼酎・清酒02年国内出荷量

焼酎が清酒に肉薄 03年に逆転の可能性も 

 02年の焼酎の国内出荷量が清酒に肉薄したことが10日、国税庁のまとめで分かった。差は半月の出荷量に当たる4万キロリットル弱で、03年に逆転する可能性もある。90年代初めは清酒が3倍近かったが、南九州産の本格焼酎の人気が高まる一方、清酒は若い世代に敬遠されているようだ。

 年間出荷量は、清酒が前年比6%減の約90万キロリットルで7年連続前年割れ。焼酎は5%増の約86万キロリットルで4年連続プラスだった。1〜11月は焼酎が上回っており、歳暮用に清酒の需要が高まる12月分で、逆転を食い止めた。

 清酒メーカーの業界団体、日本酒造組合中央会は「清酒のタイプごとに合う料理を書いたパンフレットを配っているが……」と首をひねるが、業界には「若い世代を取り込む努力が足りなかった」との声も。焼酎は昨秋、キリンビールが新規参入するなど、ビール大手が相次いで焼酎の新商品を投入しており、需要を掘り起こしている面もある。【岩崎誠】
(毎日新聞2003年3月11日東京朝刊から)

 ビール、発泡酒を足した出荷量も微減しています。ビール発泡酒の出荷量も約半々までになっています。

 清酒の減少は、ハッキリ言ってまがい物の日本酒もどき普通酒が減少しているもので、特定名称酒(本醸造酒、純米酒、吟醸酒)は頑張って減少はしていません。当然ながら不味いものは売れません。本物の日本酒頑張れと応援しています。日本酒造組合中央会のポイントのずれた、認識の甘さが際だっています。この状態だとまだまだ出荷量を落とすでしょうし、倒産する蔵元も出てくるでしょう。どんな商品でも良い物を出さないと消費者に支持されないのはごく当然の事です。

3月15日 梅の花
   どこも梅の花が満開になっています。今が最高の見頃です。
 香取神社(墨田区文花2−5)、「香梅園」の梅は満開です。

 亀戸天神(江東区亀戸3−6)、梅の本家で、こちらも見頃ですが、香取ほどボリューム感は有りません。
《美しや 紅の色なる 梅の花 あこが顔にも つけたくぞある》道真が5歳の時詠んだ歌。

3月14日 酒のラベルの剥がし方
   お酒を飲んだら記念にラベルをコレクションしたくなりますよね。ならない! なる人だけに剥がし方を・・・。

 いろいろな紙質と糊のラベルが有りますので、万能とはいきませんが、私の採用している方法をお知らせしましょう。
 工作などで使う”オルファー”(刃先が折れていくカッター)の巾広の刃をラベルに当てて、刃全体で押しながら剥がしていきます。和紙のタイプや弱い糊の時は上手くいきます。刃を素手で押すのは危ないので、軍手など をはめるとイイでしょう。また、そのような使い方をするホルダーも大きな店に行けば売ってます。
 洋紙や金属フィルムのラベルや糊がボンド系のものは上記の方法でも難しく破く事が多くなりますので、思い切って一緒にお風呂に入りましょう。ビンをお風呂に浸けてしまえば大部分のラベルは剥がれます。お風呂に入れてもビンが浮いて、ラベルが上に来て意味がない時はビンの中にお風呂のお湯を入れれば底に沈みます。1時間以上浸ければ大概は取れますが、頑固なやつは1晩浸ければ泣き別れになるでしょう。ビンの中の”酒お湯”は湯船に戻せば健康のためにもイイでしょうが、そんなに酒は残っていないのが玉に瑕。
 今までの経験からすると、どちらかを採用すれば確実に剥がす事が出来ます。

3月13日 ソメイヨシノ開花予想その2
   気象庁の第2回発表によると、前回より2−3日の遅れがあるようです。

東京は3月29日に変わっています。(3月12日発表)

2003年さくらの2回目開花予想の等期日線図(気象庁3月12日発表)

3月12日 IP電話
   耳新しい言葉だと思います。携帯電話が右肩上がりで伸びてきた反動で、固定電話が先細りの状態です。この固定電話をインターネット経由で継ないでしまおうというものです。何がイイかというと、接続料金が安くなると言う事です。同一市内でも、地方でも、外国でも同じ低料金で掛けられそうです。今はモニター期間なので携帯以外、国内どこに掛けても無料です。電話機は今までの物を使い、NTT回線なども選択出来ます。欠点はADSL加入者のみのサービスで、それに入っていないと利用出来ませんし、そのプロバイダーでの契約になります。
 今日、モデムが到着。設定完了で使い始めました。使い心地? まだ通信品位は良く分かりません。後日、使用感を報告しましょう。 あッ!貴方から架かってきた電話料は無料にはなりませんからね。

ウサギとカメのロジック
 昨日の話のおかしい訳は・・・。話は間違いが無く、ウサギは亀を追い抜けません。ただし追いつくまでの話で、並んだ後引き離す所までは記述されていません。言葉だけだと永久に追い抜けない様に感じてしまいます。「な〜んだ!」と言われたでしょう。 そこが”ミソ”醤油なのです。
 同じように1000年経ったら先祖が1兆人を越えるというのも数学のトリック。”さきさん”が掲示板で指摘していた様に、二人から始まった(?)のに、人口が増えてしまう事はあり得ません。ただ、これだけは言えます。膨大な祖先のお陰で今の自分が居る事、一人でも欠けると今の自分は居ない事です。

3月11日 ウサギとカメ
   ご存じウサギと亀の駆け比べですが、ウサギは亀に大差を付けてゴールの手前で昼寝をしました。その隙をついて亀はウサギを追い越して先頭を走っています。それを見つけたウサギはあわてて亀を追いかけました。ウサギは先ほど亀がいた所に到着すると、当然亀はその先にいます。あせったウサギはまたまた前に亀がいた所まで来ると、亀はその先にいます。話しに矛盾はありませんよね。同じように亀が居たところまで来ると、亀はその先に行ってます。何回やっても同じ事。その甲斐無くウサギは亀を追い抜く事が出来ませんでした。
 どこかおかしい?? 数学的には正しいのですが・・・、さて?
3月10日 奇跡の中の私
   ミレーニアム、一千年紀、たった千年で私の祖先は何人ぐらい居たのでしょか? 私の2人の父母、4人の祖父母、8人の曾祖父母、16人の・・・・と遡っていきます。平均25歳で子供が生まれるとすると、100年で4代遡る事になります。10代遡ると約2千人の祖先が居る事になります。20代遡ると約200万人、30代遡ると約21億人、その後は10桁の電卓ではパンクして計算が出来ません。千年、40代遡ると13桁、0が12個で約1,000,000,000,000人です。1兆人を越えるのです。スゴイ数字です。もっとスゴイのはこの中のたった一人でも欠けたら今の私は居ないのです。私は選ばれた中の一人なのです。
3月9日 雀の鳴き声
   《朝の開けてくる頃一番鳥(雀)が鳴きます。敵は居ないし朝で起きてもいいぞって、一羽が鋭い声で短く「チッ!」と鳴くと、それに呼応して回りの雀たちが鳴き(起き)始めます。まだ食事前なので不機嫌そうに鳴いています。食事が終わると、満足そうに柔らかく「チュチュチュ」と鳴きます。夕方巣に戻るときは、まだ遊んでいたいのに帰らなくてはいけないと言う様に半分不満げに、また明日逢おうねと鳴いています。まるで子どもが夕方家に帰るときの様な声を出しています。》
エッセイスト・三宮(さんのみや)麻由子さん、談 彼女は3歳の時盲目になって前向きになって生き、一人でアメリカに渡って勉強を続け、今感性の高い切り口と斬新なエッセイを書いています。雀の鳴き声だけで時間と天気が分かると言います。
 私は雀だけでなく他の鳥でも、警戒、威嚇、恋をしている時の鳴き方は違うのは分かっていましたが、一日でこんなにも心が表れる様な鳴き方をしているものかと感心します。目明きの私はまだまだ感性が鈍い。
3月8日 ソメイヨシノ開花予想
  気象庁の第1回発表ですと次の様になってます

3月 19日 熊本高知
   21日 大分長崎佐賀岐阜名古屋
   22日 宮崎
   23日 福岡静岡広島甲府大島
   24日 鹿児島種子島下関高松松山徳島大阪和歌山横浜館山
   25日 岡山神戸京都熊谷前橋
   26日 東京銚子
   27日 鳥取奈良宇都宮
   28日 松江金沢
   29日 彦根
   30日 水戸八丈島
4月 1日 福井
    2日 飯田富山
    6日 新潟
    7日 輪島
    12日 長野

予報会社(WNI)の予報では(関東地方をピックアップ)

4月 2日 東京(上野公園)
    3日 千葉(城山公園)
    5日 神奈川(小田原城)
    6日 埼玉(熊谷桜堤)
   10日 栃木(大平山)
   11日 茨城(かみね公園)
   18日 群馬(赤城南面千本桜)

となっています。大分、日にちがずれているのが気に掛かります。気象庁では例年より早く、WNIでは例年より遅く開花すると予想しています。どちらが的中するか楽しみです。開花には待ち遠しいものが有る反面、クイズ的な要素もあります。
例年開花してから満開になるのには5〜7日後になります。

3月7日 杉花粉
   杉花粉症が本格的に猛威を振るっています。その元凶の花粉製造器がはち切れそうに熟しています。この木もまもなく花粉を大いに飛ばす事でしょう。
 写真のこいつが犯人です。私は見ただけで「う〜ッ」となりそうです。
3月6日 啓蟄(けいちつ)
   二十四節気の一つ。
 冬ごもりの虫が姿を現すという意味。立春後初めての雷(初雷)が鳴り、冬ごもり中の虫の目を覚まさせる。初雷は虫出しの雷(蟄雷)ともいう。北海道もようやく冬が終わりに近づき、天気が安定せず、周期的に変化するようになる。 「春の晴れ間は3日と持たない」と言われるのもこの頃です。

 でも、昨朝(3/5)は寒かった。チェーンの樋からしたたる水が凍ってツララになっていました。今年初めて見る現象で、写真の白く写っているのが氷です。当然寒くても雨がなければツララにはなりませんが。

 

3月5日 オリオン座

 

 夜空を見上げると”冬の星座”で有名なオリオン座がせまってきます。狩人のベルトの所の三つ星は特に有名です。北斗七星と並んで、もっともなじみ深く、他の星座は良く分かりませんが、これだけはハッキリと認識出来ます。東京の空でも確認出来て、均斉のとれた美しい星座を楽しめる数少ない☆達です。
 ちょうど狩人オリオンの真ん中に位置する3つの星を 『三つ星』 とか『オリオンベルト』 と呼び、 その三つ星の下(上の写真でピンク色に写っているオリオン大星雲M42のあたり)に、 縦にならぶ3つの星は 『小三つ星』 と呼ばれています。 この三つ星も目立って綺麗です。
 また、オリオンの右肩で赤く輝く1等星のベテルギウスを 『平家星』 とよび、対照的な白色の0.1等星リゲルを 『源氏星』 などと、日本でも呼ばれていたことなどが知られています。
 今宵、晴れていたら貴方と三つ星を眺める事にしましょう。

 

3月4日 時間は金で買える

 

 ”時間は金では買えない”とはよく言われることですが、確実に金で買えます。例えば、東京・大阪間、飛行機で約1時間、新幹線で約3時間、高速バスで8〜9時間で行けます。 また、一般道路を行けば2時間掛かるところ高速道路で行けば30分で行けるとしましょう。その場合お金を払うことによって1時間半と言う時間を買ったことになるのです。 東京・大阪間も同じです。早く目的地に着くための乗り物は便利・快適以上に時間を買っているのです。万人確実に24時間の配分を受けて使っていますが、中身の濃さで30時間にも2日分にもなるのです。
 お抱え運転手を使っている人はその費用で、車内での時間を買っているのです。それを贅沢と言うのと意味合いが違います。
 また、優れた医療機関がふんだんに使える身分だとしましょう。するとそれらを利用出来ない人に比べると、確実に寿命は延びます。やな言い方ですが現実です。

 

3月3日 ひな祭り

 

 我が家の雛人形です。女の子がいないと略式の雛人形になってしまいます。
 友達が上手い事を言っていました。「3月3日は女の子のお祝い日、5月5日は男の子のお祝い日、では真ん中の4月4日は何の日」。解りましたか?そー、それが答え!「オカマの日」。

 

 

 

 

3月2日 はずかしながら誤解

 

 ニュース番組でアナウンサーが原稿を読み上げています。「被疑者の証拠集めに裁判所の令状をもって、自宅や事務所を、カタク捜索しています」と聞こえてきます。そーだよな、悪いことやったのなら、手心加えて柔らかくしないで”硬く”厳重に調べてもらわないといけないよな〜。と漠然と思っていました。はい! かなり永い間、家宅捜索とは知りませんでした。 ははは(^_^;x2 

誤解されやすい言葉として
■「役不足」;あの人では役不足だから、もっと出来る人にやってもらおう。は、間違い。正解は逆で、その人の能力以下のつまらない仕事を与えてしまった事に対して、周りの人間が惜しがって言う言葉。
■「天地無用」;天地(上下)を逆さまにしても用が無い(必要がない=かまわない)。正解は逆で、運送する荷物を取り扱うのに、上下を逆にしてはいけないという意味で、荷に張り紙をします。昔、引っ越しの時、手伝ってもらった学生に、茶道具の風炉をひっくり返されて、灰だらけになって往生した事がありま した。

 

 

 

3月1日 春の火災予防運動

 

 今日から3月7日まで春の火災予防運動が1週間行われます。防火標語として、
■一般火災予防として 「気くばり 目くばり 火の用心」(東京消防庁)
■車両・船舶火災予防 「防ごう なくそう のりもの(車両・船舶)火災」(全国消防長会関東支部)
■「温暖化 防ぐ森林 守ろう火から」(林野庁全国統一標語)
と、言う事で各種イベントが行われます。

 火災原因のベスト5(ベストと言っていいのか? 東京消防庁管内)は、
1位 放火、全体の1/3を占めてます。2位 たばこ、依然多いです。続いてガス、火遊び、たき火と続きます。以下東京消防庁ホームページからの原因別状況表 です。

グラフ

 

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