[最近思う事] 2004年
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思う事が少なくなってきた年頃ですが、頭の運動にキョロキョロしながら身近な話題を伝えていきたいと思います。疑問・励まし・ご意見がありましたら 「掲示板」 に書き込んでください。そこから話題が広がれば”また楽しや”です。 |
〈1月上旬へ〉
| 12月31日 今年、株を上げた男たち | ||||||
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1.古田敦也 4072票2.イチロー 3503票 3.堀江貴文 2858票 4.東京消防庁ハイパーレスキュー隊 1945票 5.田臥勇太 1589票 6位以下に北島康介、渡辺謙と続きます。Yahoo調べ 04.11/27〜12/3
なんといってもプロ野球選手会長・古田敦也だと言うことは納得できます。ファンや選手、プロ野球のことなんか全然考えていないジジイ達の集団から、今のプロ野球を守ったのが彼だからです。
話変わって、大晦日の今日、 |
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| 12月30日 初雪 | ||||||
東京都内に初雪が降りました。本当に寒かった。観測上では積雪”0”ですが、屋根や草木は白くお化粧をしています。東京の初雪は平年より4日早く、昨年より2日遅いという。 山茶花にうっすらと積もる雪です。 写真をクリックすると大きな写真になります。 |
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| 12月29日 地震雲 | ||||||
12/27
3:00pm千葉県市原市の上空に現れた飛行機雲のような地震雲です。地震雲そのものは賛否両論あっていまだ認知されたものではありません。しかし現実に地震との相関関係が見られますので、写真を出しました。地震がなければいいのですが。(27日記)12/28夕方6時半頃、新潟地方で震度5を越える、大きな余震が発生しています。せっかく走り始めた新幹線も止めて被害状況を点検しています。インド洋で発生した大津波災害がありましたが、こちらは被害の少ない事を念じてます。 写真をクリックすると大きな写真になります。 |
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| 12月28日 ヤツデの花 | ||||||
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ネギ坊主?いえ違います。今咲く花ですが、花というような風情がないのがかわいそう。実のように見えるのがこれから咲く蕾ですが、色気はありません。しかし、打ち上げ花火のような造形美があって、この冬に咲く健気な花です。テングノハウチワとも言われます。 写真をクリックすると大きな写真になり、それがこの花の全景です。 |
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| 12月27日 ガサ市 | ||||||
浅草寺では正月のお飾りなどを卸売りする「ガサ市」が、暮れが押しつまると開かれます。まだ買い求める人も少なく、店番が主な仕事のようです。
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| 12月26日 自動車の路上故障 | ||||||
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路上故障ベスト3 ロードサービスのJAF調べ。その後、オーバーヒートと続きます。
キーの閉じこめやバッテリー上がりでは、どうしようもありませんが、パンクでサービスを呼ぶなんて何かヘンです。最初の二つは誰かに助けてもらわないと解決が付きませんが、パンクは自分で直せないのでしょうか。 |
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| 12月25日 ニュージーランド上空を飛ぶサンタ | ||||||
12/23で紹介したNORADが公表した
2枚目の写真です。ニュージーランド上空を飛行するサンタです。これから貴方の家に間もなく到着するでしょう(イブの夜に書いています)。
私の所にも来ましたよ!ホント。私の嗜好をよくご存じでした。凄いファイルを持っているのでしょうね。 |
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| 12月24日 六地蔵 | ||||||
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全国の皆様クリスマスイブで、楽しい夕べを過ごしている事でしょう。この日はサンタがやって来るので楽しみイッパイの夜になり、朝起きた時の嬉しさはまた格別です。 日本の昔話に「笠地蔵」と言うのがあります。正月のお餅を買う為、笠を売りに行ったおじいさん、売れずに残った笠を雪の中のお地蔵さんに被せて帰ってきました。その晩、家の前にはお地蔵さんが届けてくれた贈り物がいっぱいありました。 日本のサンタはこのお地蔵さんかもしれません。 今この時期、ラジオのコマーシャルで、秀逸なのが有りますので、紹介しましょう。 |
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| 12月23日 サンタを追跡 | ||||||
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サンタの追跡プログラム・サイトはhttp://www.noradsanta.org/japanese/ 。英語や日本語など6カ国語で、サンタやトナカイを紹介しているほか、24日にはサンタの居場所が、リアルタイムでわかるようになっている。 話変わって、アメリカの民間航空機のパイロットの情報によると、かなり多くの頻度でサンタのソリとニアミス接近をしている事が確認されています。近くの管制官に緊急情報として「何だ?あれは・・・。サンタのソリが飛んでるぜ!」。 |
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| 12月22日 サンタさんはいるのですか? バージニア | ||||||
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1897年12月に書かれた少女バージニアの手紙に対する
、新聞社「ザ・サン」のベテラン記者フランシス・P・チャーチの答え。
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| 12月21日 浅草寺本堂の大提灯 | ||||||
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東京・浅草の浅草寺本堂の大ちょうちんが10年ぶりに新調されました。京都市山科区の老舗提灯メーカー「高橋提燈」
から運ばれ18日浅草寺の法要で披露された、新品のピンです。 提灯の周りには鳩よけのネットがかけられています。 写真をクリックすると大きな写真になります。 |
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| 12月20日 浅草・羽子板市 | ||||||
年の瀬恒例の「羽子板市」が東京都台東区の浅草寺で開かれています。色鮮やかな羽子板が中心で、大リーグ年間最多安打記録を更新したイチローや、
時事物の羽子板も登場しています。
19日、最終日の日曜日と重なって歩くのにも困難な中で、売り子さん達の威勢いい呼び込みが華やいた雰囲気をかもしています。 それぞれの写真をクリックすると大きな写真になります。 |
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| 12月19日 旧暦から太陽暦へ | ||||||
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改暦は明治政府の財政難から行われた この改暦が正式に決定されたのは、明治5年11月9日のこと。「太政官布告(第337号)」という法律によってです。法律の公布から、実際の改暦までの期間が1ヶ月もないという慌ただしさです。年末ですので、既に翌年の暦は印刷されていましたが、この法律によって既に印刷されていた暦は、紙屑になってしまいました。 明治の改暦は突然で、十分な検討もされないまま施行されましたので、多くの誤りや問題点をのこしていました。そこまでして明治新政府が改暦を行った理由には、深刻な財政問題があったといわれています。というのは、従来の暦では翌明治6年は閏年で、閏月が入るため1年が13ヶ月あることになっていました。既に役人の給与を年棒制から月給制に改めた後なので、明治6年には13回、給与を支払わなければなりません。これは、財政難であった明治新政府にとって悩みの種でした。その上、太陽暦に切り替えることによって、明治5年の12月は2日しかありませんので、この月の月給は支払わないこととすれば、明治5年分の給与も1月分減らせる、正に一石二鳥の改暦だったわけです。 新しい年に新しいカレンダー、気分一新します。当家にも既に12月のカレンダーの下に来年のカレンダーが吊り下がっています。 |
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| 12月18日 二宮金次郎像 | ||||||
めったにみなくなった二宮金次郎像です。
面白い考察が出ていますので、覗いてみてください。 江戸末期の篤農家。通称、金次郎。名は尊徳タカノリ。相模の人。徹底した実践主義で、神・儒・仏の思想をとった報徳教を創め、自ら陰徳・積善・節倹を力行し、殖産の事を説いた。605ヵ町村を復興。二宮尊徳(1787〜1856) 広辞苑より |
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| 12月17日 人生と殺し文句=近藤勝重 | ||||||
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ここぞというところでの一文や一言にはそれなりに気をつかっているが、人に対して殺し文句を口にするかと聞かれると、はて……という気分だ。少なくとも意識して使ったことはないように思う。
ただし殺し文句には大いに関心があって、最近再読している遠藤周作氏のエッセー集でも「男の殺し文句」という文章を堪能した。
私など単純に黒川紀章(くろかわきしょう)氏が夫人の若尾文子さんを口説いたときの「君の美しさはバロックだ」とか、知人の「君が笑えば太陽の輝きなんていらない」といった言葉が男の殺し文句だと思っていた。
歌舞伎の中村鴈治郎(がんじろう)さんは舞妓(まいこ)さんとのラブ・アフェアがバレたとき、「一生青春。世の男性方はガンバってもらいたいと思いますね」と達者なアドリブでかわしてみせた。その昔、鴈治郎夫人(扇千景(ちかげ)さん)にプロポーズして、「だって、随分彼女いるんじゃありません」とやんわり言葉を返されると、こう言ったそうだ。 と書いて思い出したのは「釣りバカ日誌」のハマちゃんが、愛妻みち子さんを口説いた言葉である。 「笑うのもほどほどに」毎日新聞 2004年12月15日 東京夕刊より はい!私も勉強させていただきました。少し手遅れの感がありますけれど・・・。 |
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| 12月16日 喫茶店 | ||||||
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写真をクリックすると大きな写真になります。
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