[最近思う事] 2004年

 思う事が少なくなってきた年頃ですが、頭の運動にキョロキョロしながら身近な話題を伝えていきたいと思います。疑問・励まし・ご意見がありましたら  「掲示板」  に書き込んでください。そこから話題が広がれば”また楽しや”です。

                                                  〈1月上旬へ

   12月31日    今年、株を上げた男たち
 

1.古田敦也                                                  4072
2.イチロー
                                                    3503
3.堀江貴文
                                                  2858
4.東京消防庁ハイパーレスキュー隊
         1945
5.田臥勇太
                                                  1589

6位以下に北島康介、渡辺謙と続きます。Yahoo調べ  04.11/2712/3

 なんといってもプロ野球選手会長・古田敦也だと言うことは納得できます。ファンや選手、プロ野球のことなんか全然考えていないジジイ達の集団から、今のプロ野球を守ったのが彼だからです。
 同じく、今のプロ野球を守ったライブドアー・堀江貴文。彼が手を挙げなかったら今のプロ野球が存在したか微妙です。試合に負けて勝負に勝ったといえるでしょう。イチローは今更ここで言わなくてもね。
 アメリカプロバスケットの選手になった田臥勇太。新潟地震で土砂崩れ現場から男児を救出したのが東京消防庁ハイパーレスキュー隊でした。彼らは1月の東京消防庁「出初め式」に出動の予定です。 でも多忙で、インド洋大津波災害にも一部出動しています。がんばれ!ハイパーレスキュー隊。

話変わって、大晦日の今日、
 「ともかくも あなた任せの 年の暮れ」  一茶
あなた=阿弥陀如来を表わすそうですが、自然に任せて、なるがままに。寅さんもよく言っていました。

       
また来年もよろしく。皆さま、良いお年を。

   
   12月30日    初雪
   東京都内に初雪が降りました。本当に寒かった。観測上では積雪”0”ですが、屋根や草木は白くお化粧をしています。
東京の初雪は平年より4日早く、昨年より2日遅いという。
山茶花にうっすらと積もる雪です。

写真をクリックすると大きな写真になります。

   
   12月29日    地震雲
   12/27 3:00pm千葉県市原市の上空に現れた飛行機雲のような地震雲です。地震雲そのものは賛否両論あっていまだ認知されたものではありません。しかし現実に地震との相関関係が見られますので、写真を出しました。地震がなければいいのですが。(27日記)

 12/28夕方6時半頃、新潟地方で震度5を越える、大きな余震が発生しています。せっかく走り始めた新幹線も止めて被害状況を点検しています。インド洋で発生した大津波災害がありましたが、こちらは被害の少ない事を念じてます。

写真をクリックすると大きな写真になります。

   
   12月28日    ヤツデの花
 

 ネギ坊主?いえ違います。今咲く花ですが、花というような風情がないのがかわいそう。実のように見えるのがこれから咲く蕾ですが、色気はありません。しかし、打ち上げ花火のような造形美があって、この冬に咲く健気な花です。テングノハウチワとも言われます。

 写真をクリックすると大きな写真になり、それがこの花の全景です。

   
   12月27日    ガサ市
 
  

 浅草寺では正月のお飾りなどを卸売りする「ガサ市」が、暮れが押しつまると開かれます。まだ買い求める人も少なく、店番が主な仕事のようです。
 写真左;羽子板の羽根売り。写真右;店内〆縄の山。

写真をクリックすると大きな写真になります。

   
   12月26日    自動車の路上故障
 

路上故障ベスト3
   1.キーの閉じこめ
   2.バッテリー上がり
   3.パンク(タイヤのトラブル)

ロードサービスのJAF調べ。その後、オーバーヒートと続きます。

 キーの閉じこめやバッテリー上がりでは、どうしようもありませんが、パンクでサービスを呼ぶなんて何かヘンです。最初の二つは誰かに助けてもらわないと解決が付きませんが、パンクは自分で直せないのでしょうか。
 私の車は5年間一度もパンクしませんでした。そのぐらい道路もタイヤも良くなったのでしょう。パンクのタイヤ交換は簡単に出来ますが、工具の在りかやスペアタイヤの位置すら分かりませんでしたので往生しました。説明書を引っ張り出して、初めてその場所を確認、直したものです。性能が上がると段々ダメ人間になっていきそうです。

   
   12月25日    ニュージーランド上空を飛ぶサンタ
   12/23で紹介したNORADが公表した 2枚目の写真です。ニュージーランド上空を飛行するサンタです。これから貴方の家に間もなく到着するでしょう(イブの夜に書いています)。

 私の所にも来ましたよ!ホント。私の嗜好をよくご存じでした。凄いファイルを持っているのでしょうね。
 サンタさん、ありがとう。

   
   12月24日    六地蔵
 

 全国の皆様クリスマスイブで、楽しい夕べを過ごしている事でしょう。この日はサンタがやって来るので楽しみイッパイの夜になり、朝起きた時の嬉しさはまた格別です。

 日本の昔話に「笠地蔵」と言うのがあります。正月のお餅を買う為、笠を売りに行ったおじいさん、売れずに残った笠を雪の中のお地蔵さんに被せて帰ってきました。その晩、家の前にはお地蔵さんが届けてくれた贈り物がいっぱいありました。

 日本のサンタはこのお地蔵さんかもしれません。

今この時期、ラジオのコマーシャルで、秀逸なのが有りますので、紹介しましょう。
 父親;靴下の中に”リポビタ○D”を入れてどうしたんだい。
 息子;サンタさんに、疲れたからご苦労様と、飲んでもらうんだ。
 父親;(涙声で)う〜〜、うれしい〜。
 息子;どうしたの、お父さんが。
 父親;う〜〜ぅ・・・・・・・。
お父さんは家族には言わないが、そ〜、疲れている。お父さん頑張れ!○○D飲んで。

   
   12月23日    サンタを追跡
 

 アメリカとカナダの防空網をかいくぐって、空を飛んでいるサンタを乗せたトナカイのソリを発見する為、米軍が中心になってサンタ追跡プロジェクトを結成し、24日の夜に実行されます。レーダーやコンピューター、核弾頭追跡プログラムを転用、最先端の軍事技術を駆使して行われる作戦は、NORAD(ノーランド。北米航空宇宙防衛司令部)と呼ばれている所が行います。施設の充実に伴って、現在では監視衛星や戦闘機まで使って、超高速で飛行するソリを追跡・発見しています。
 既に50年前から毎年行われている事で、クリスマスイブ当日インターネットでも情報を見る事が出来ます。トナカイの赤鼻を赤外線探知機で捕らえる事が出来るそうです。毎年サンタを乗せたソリが世界中を飛び回っている様子が確認されているそうです。

 サンタの追跡プログラム・サイトはhttp://www.noradsanta.org/japanese/ 。英語や日本語など6カ国語で、サンタやトナカイを紹介しているほか、24日にはサンタの居場所が、リアルタイムでわかるようになっている。

 話変わって、アメリカの民間航空機のパイロットの情報によると、かなり多くの頻度でサンタのソリとニアミス接近をしている事が確認されています。近くの管制官に緊急情報として「何だ?あれは・・・。サンタのソリが飛んでるぜ!」。

   
   12月22日    サンタさんはいるのですか? バージニア
 

 1897年12月に書かれた少女バージニアの手紙に対する 、新聞社「ザ・サン」のベテラン記者フランシス・P・チャーチ答え。
 

   
バージニアへ

君の友達はまちがっていますよ。その子たちはきっと、何でとうたがう、うたがい病にかかっているんだと思います。自分に見えるものだけしか信じない、自分にわからないことは、何でもうそだと思うんです。あのね、バージニア、心というものは大人でも子供でも、みんな小さいものなんです。この偉大な宇宙の中では、人間を囲っている限りない世界に比べると、人の知性はアリのような、一匹の虫のようなものなのです。存在する真理と知識の全てを理解するなんて、人間にとっては計り知れないものなのです。そうですバージニア、サンタクロースはいます。この世に、愛や優しさや信じる心があるように、またそれらのものが満ち溢れ、人生に最も崇高な愛と喜びを与えてくれると君も知っているように、サンタさんは本当にいるのです。ああ!もしサンタクロースがいなかったら、この世はなんてさびしくて、つまらなくなってしまうでしょう。バージニアという子供たちが存在しないのと同じくらいさびしいところになってしまうでしょう。そしたら、この世に生きていくのに耐えていけるための、子供のように純真な信じる心も、詩も、ロマンスも存在してはいないでしょう。ただ目で見たり、手でさわったりするもの以外に、なんの喜びもなくなってしまうはずです。世界をてらしてくれる子供時代という名の永遠の光は、消え去ってしまうでしょう。

サンタクロースを信じないですって!サンタクロースなんていないなんて言うのは、妖精を信じないのと同じです。クリスマスにパパにお願いして、誰かをやとってもらい、町中のエントツをみはってもらったらどうでしょう。サンタクロースがつかまるかもしれませんよ! でも、もしエントツから下りてくるサンタクロースが見えなかったとしても、それが何の証拠になるでしょう。サンタクロースを見た人は誰もいません。でもそれは、サンタクロースがいないということの証明ではありません。この世の中で一番真実なことは、子供にも大人にも見えないものなのです。君は、妖精が芝生の上でダンスをしているのを見たことがありますか?もちろん、ないでしょう。だからといって、それが妖精がいないという証拠にはならないのです。この世の中には、見たり見られたりすることができない不思議があるでしょうが、そういう不思議を全部、想像したり実際に思い浮かべたりできるとは限りません。人は、中の何が音をたてているのか見たくて、赤ちゃんのがらがらを分解したりします。でも、目に見えない世界をおおっているベールがあって、どんな力持ちでも、今までにいた一番の力持ちの力を合わせても、それをやぶることができないのです。ただ、信じる心や、詩や、愛や、ロマンスだけがカーテンを開き、その向こうにある超自然の美や栄光をながめさせてくれるのです。それって本物なのでしょうか?

ああ、バージニア、これほど真実で永遠に続くものは、この世の中には他にはないのです。

サンタクロースがいないですって!?

すばらしいことに、サンタさんは生きています。それも永遠に。

バージニア、今から何千年たっても、それどころか一万年たっても、子どもの心をよろこばせつづけてくれるんです。

 

 
   
   12月21日    浅草寺本堂の大提灯
 

 東京・浅草の浅草寺本堂の大ちょうちんが10年ぶりに新調されました。京都市山科区の老舗提灯メーカー「高橋提燈」 から運ばれ18日浅草寺の法要で披露された、新品のピンです。
 高さ4・5メートル、直径3・5メートル。重さは約600キロ。昨年新調した雷門の提灯より一回り大きい。竹の骨組みに和紙を張り、港区新橋の芸者衆やお茶屋の組合から寄贈 され、茶屋組合の名が黒々と大書されています。
  これまでは、ちょうちんの正面に丸みがかった文字で「志ん橋」と寄贈者の名前が書かれていたが、今回初めて字の形を江戸時代の錦絵を参考に変えたという。

提灯の周りには鳩よけのネットがかけられています。

写真をクリックすると大きな写真になります。

   
   12月20日    浅草・羽子板市
 

  年の瀬恒例の「羽子板市」が東京都台東区の浅草寺で開かれています。色鮮やかな羽子板が中心で、大リーグ年間最多安打記録を更新したイチローや、 時事物の羽子板も登場しています。 19日、最終日の日曜日と重なって歩くのにも困難な中で、売り子さん達の威勢いい呼び込みが華やいた雰囲気をかもしています。
 浅草寺境内の約50の露店に、押し絵細工の羽子板が所狭しと並ぶ。1000円から数十万円のものまであり、1万〜5万円が売れ筋という。

 それぞれの写真をクリックすると大きな写真になります。

   
   12月19日    旧暦から太陽暦へ
 

改暦は明治政府の財政難から行われた
 現在の暦が使用されるようになったのは明治6年1月1日から。この日はそれまで使用されていた天保暦では、明治5年12月3日に当たります。ですから、明治5年の12月は1日と2日の2日間しかありませんでした。

 この改暦が正式に決定されたのは、明治5年11月9日のこと。「太政官布告(第337号)」という法律によってです。法律の公布から、実際の改暦までの期間が1ヶ月もないという慌ただしさです。年末ですので、既に翌年の暦は印刷されていましたが、この法律によって既に印刷されていた暦は、紙屑になってしまいました。

 明治の改暦は突然で、十分な検討もされないまま施行されましたので、多くの誤りや問題点をのこしていました。そこまでして明治新政府が改暦を行った理由には、深刻な財政問題があったといわれています。というのは、従来の暦では翌明治6年は閏年で、閏月が入るため1年が13ヶ月あることになっていました。既に役人の給与を年棒制から月給制に改めた後なので、明治6年には13回、給与を支払わなければなりません。これは、財政難であった明治新政府にとって悩みの種でした。その上、太陽暦に切り替えることによって、明治5年の12月は2日しかありませんので、この月の月給は支払わないこととすれば、明治5年分の給与も1月分減らせる、正に一石二鳥の改暦だったわけです。

 新しい年に新しいカレンダー、気分一新します。当家にも既に12月のカレンダーの下に来年のカレンダーが吊り下がっています。

   
   12月18日    二宮金次郎像
   めったにみなくなった二宮金次郎像です。

面白い考察が出ていますので、覗いてみてください。
http://www.geocities.jp/journey4web/Trv/TRVNinob.html 「
考証 紅蜻蛉団

 江戸末期の篤農家。通称、金次郎。名は尊徳タカノリ。相模の人。徹底した実践主義で、神・儒・仏の思想をとった報徳教を創め、自ら陰徳・積善・節倹を力行し、殖産の事を説いた。605ヵ町村を復興。二宮尊徳(1787〜1856) 広辞苑より

   
   12月17日    人生と殺し文句=近藤勝重
 

 ここぞというところでの一文や一言にはそれなりに気をつかっているが、人に対して殺し文句を口にするかと聞かれると、はて……という気分だ。少なくとも意識して使ったことはないように思う。

 ただし殺し文句には大いに関心があって、最近再読している遠藤周作氏のエッセー集でも「男の殺し文句」という文章を堪能した。
 氏はおっしゃる。「私の考えでは女性を口説く殺し文句で一番に効果のあるのは、彼女に人生を感じさせるような台詞(せりふ)です」
 氏は人生と生活を厳密に使い分けていて、たとえば「生活があって人生のない一生ほどわびしいものはない」といったぐあいだ。
 その周作先生、離婚して子供を1人育てながら、ある会社の秘書をしている女性に対する社長の次のような言葉を紹介して、いかに殺し文句かを解説する。
 「ぼくは今一応、社長という位置にいるが、いつ反対側に追い払われるかもしれない。その時、部下のみんながぼくを見すてても、君一人がついてきてくれそうな気がする」
 この言葉は第一に女性の自尊心をくすぐる。第二に母性愛をそそる。そして何よりも「君一人がついてくる」という表現で、二人だけが同伴者だと暗示して人生を感じさせる、とおっしゃるわけだ。

 私など単純に黒川紀章(くろかわきしょう)氏が夫人の若尾文子さんを口説いたときの「君の美しさはバロックだ」とか、知人の「君が笑えば太陽の輝きなんていらない」といった言葉が男の殺し文句だと思っていた。
しかしこれらの言葉に人生が感じられるかとなると、そうでもない。

 歌舞伎の中村鴈治郎(がんじろう)さんは舞妓(まいこ)さんとのラブ・アフェアがバレたとき、「一生青春。世の男性方はガンバってもらいたいと思いますね」と達者なアドリブでかわしてみせた。その昔、鴈治郎夫人(扇千景(ちかげ)さん)にプロポーズして、「だって、随分彼女いるんじゃありません」とやんわり言葉を返されると、こう言ったそうだ。
「いろいろ見てきて、お前を選んだ」
 このセリフなどさすが鴈治郎、成駒屋(なりこまや)!と思わせるが、周作先生の人生うんぬんのレベルで考えると、殺し文句というほどのものではないかもしれない。

 と書いて思い出したのは「釣りバカ日誌」のハマちゃんが、愛妻みち子さんを口説いた言葉である。
 「あなたを幸せにする自信はありませんが、僕が幸せになる自信はあります」
 これは効いたでしょうね。何と言っても人生が感じられますもんね。(専門編集委員)

笑うのもほどほどに」毎日新聞 2004年12月15日 東京夕刊より
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/warau/

はい!私も勉強させていただきました。少し手遅れの感がありますけれど・・・。

   
   12月16日    喫茶店
 


 流行のテラス式の喫茶店ですが、さすがの寒さでお客は店内に避難です。この金属的な光沢を見ると、寒さが倍増してきます。

写真をクリックすると大きな写真になります。

 

 

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