[最近思う事] 2006年

 思う事が少なくなってきた年頃ですが、頭の運動にキョロキョロしながら身近な話題を伝えていきたいと思います。疑問・励まし・ご意見がありましたら  「掲示板」  に書き込んでください。そこから話題が広がれば”また楽しや”です。

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   12月31日     大晦日
 

後ろには夢がない
 1年を振り返って反省する事は良い事ですが、

  「振り向くな、
  振り向くな、
  後ろには夢がない。」   寺山修司

 そうです過去には夢はひとかけらもありません。夢は未来にあります。

 「若者は未来を語り、壮年は現在を語り、老人は過去を語る。」

は、私の持論です。
過去の事を口に出すようになったら、それは精神的老人の世代に足を踏み入れた事です。
振り向いても、なにもありませんし、まだまだ何も終わってません。

 今日、一年の最終日になってしまいました。

 一年間お付き合いして頂いて、真に有り難うございました。
皆様の暖かいご支援でここまでやってこれたことは、大きな力になっています。
本当にアリガトウございます。感謝!です。

来年も新しい情報を求め発信していきたいと思います。ご支援お願いします。

   
   12月30日     携帯電話の規制
 

 12月31日から元旦に掛けて携帯電話と携帯メールの発信が急増してシステムを圧迫するので70%近くダウンさせると言っています。NTTとAUが実施すると公表しています。
 1年前(今年)の元旦に「おめでとう」メールを頂きましたが、大渋滞を起こしていて返信が打てたのが30分後と言う状態でした。
 今年は規制がかかりますから、ま〜、発信できないと思った方が正解かもしれません。

文明の利器というのは以外とモロイものなんですね。

   
   12月29日     ガサ市
 
  

 浅草寺裏手に店開きしている、正月用品を売るプロの店々です。プロのと言うのは町中に見え始めた正月用の注連飾りやお飾りものを売る店に対しての卸屋さん達です。写真では人だかりをしているところを、撮っていますが、2〜30軒の店に対してお客さんは10人と居ないでしょう。寂しさだけが感じられる暮れのガサ市です。

写真をクリックすると大きな写真になります。

   
   12月28日     音楽は
 

「音楽は生きていなければいけない」
                ピアニストのマルタ・アルゲリッチの言葉

 世界的に有名なピアニストが後輩に贈った言葉です。「生きた」とはLIVE(ライブ)だと言ってます。
 後輩とは彼女の愛する娘と結婚する事になった、新進気鋭のピアニストの事です。

 音楽でも芸術でも芸能でも、その芸が生きていなければなりません。


 

   
   12月27日     漢字変換ミスコンテスト
   

http://www.kanken.or.jp/henkan/2kekka/index.html

「漢検」による、ミス変換の具体的おもしろさを、募集し年間賞が決まりました。

「花屋で献花買って行くね」、変換ミスで→「花屋で喧嘩勝って行くね」
どうぞ、怪我しないようにお手柔らかに・・・。

「逢いたいのもう一度」、変換ミスで→「会いたい飲もう一度」
大事な大事な一言だったのでしょうが、単純に飲み会?

「話に困った司会者」、変換ミスで→「歯無しに困った歯科医者」
落語的で、こ〜いうの私的には大好きです。

「遅れてすいません。回答案です」、変換ミスで→「遅れてすいません。怪盗アンデス」
タイトルでミス変換、「怪盗アンデス君が遅刻したら、ダメでしょう」と大笑いされたが、
年間コンテストに1位決定ですから、何が福となるか分かりませんね。

   
   12月26日     横浜マリンタワーと氷川丸の終了
   
写真をクリックすると大きな写真になります。

 45年間にわたり「横浜マリンタワー」と「氷川丸」の両施設の運営を行って参りましたが、本年12月25日(月)に両施設の営業を終了し、12月31日(日)を以って、会社を解散することとなりました。
創業以来、「横浜マリンタワー」に約2千5百万人、「氷川丸」に約2千2百万人、両施設合計約4千7百万人の方々にご来場いただき、横浜のシンボルとして広く市民及び観光客の皆様にご愛顧いただいて参りましたこと、及び永年にわたり関係者の皆様から頂きました絶大なご支援に心から感謝申し上げます。
 なお、「横浜マリンタワー」は横浜市に、「氷川丸」は日本郵船(株)又はその関係先に譲渡する予定です。
ホームページより

 マリンタワーに関しては、「マリンタワー再生事業」に基づき横浜市が改修、公募された事業者が借り上げる形で開港150周年にあたる2009年春の供用開始を目指す。

 長い間、横浜の山下公園のシンボルとして観光客に親しまれてきた両施設が閉鎖されました。横浜の名所が消えたようで淋しいのですが、来客数が減少して営業が成り立たなくなった為と発表されています。時代は変わったのでしょうね。

   
   12月25日     有馬記念
 
 

 今年最後の競馬「有馬記念」が行われました。皆様は”勝ち馬投票券”を何倍かに増やした事でしょう。

 私の知人が中山競馬場に朝9時に到着しましたが、携帯写真でご覧のように、まだ1レースが始まる前だというのに立ち見席は満員の状態です。
 もう一つお土産に買ってくれたのが「ディープインパクト」の記念馬券です。

「テレビの裏っ方で言いますと、配線がガチャガチャに混み入っている訳なんですよね。
そういう点、わたくしなんかは線が一本だけですから、まぁ、言ってみりゃあ空っぽと言いましょうか、叩けばコ〜ンと澄んだ音がします。」    
映画「フーテンの寅」より

勝ち馬の基本は一つしかありません。ガチャガチャ考えるとこんがらがります。

   
   12月24日      サンタクロースを追跡
 

 毎年の事ですが、今年もサンタさんを追跡しています。24日の夜に最新情報をリアルタイムで流しています。

 ノーラッド、そして前任者でもある中央防衛航空軍基地(CONAD)は、50年以上もの間サンタを追跡しています。この伝統は、サンタさんとお話が出来ると宣伝した地元コロラドスプリングスの店、Sears Roebuck & Co. ,が、広告に不注意にも間違ったホットラインの電話番号を載せてしまったことから始まりました。サンタさんにつながるはずの電話は、CONAD司令長官のホットラインにつながってしまいました。指令長官のハリー・シャウプ大佐がサンタさんへの初めての電話を1955年のクリスマスイブに受けました。事情を察したシャウプ大佐は、サンタさんが北極から南へ向かった形跡があるか彼の部下にレーダーで調べさせました。すると、本当にサンタさんがいた形跡があったのです。電話をした子供たちは、サンタさんの居場所の最新情報を貰いました。このようにして、この伝統が始まったのです。
 1958年、カナダ、アメリカ合衆国両政府は、ノーラッドとして知られ、北米航空宇宙防衛司令部と呼ばれる共同防衛空軍基地を北米大陸に設立しました。両国は別々よりも、チームとして力を合わせた方が北アメリカの防衛をより一層強化できると信じたからです。そこで、サンタを追跡します。

 NORAD(ノーラッド)は、アメリカ合衆国とカナダの航空宇宙領域の防衛を担当する、実在のアメリカ合衆国とカナダの二国軍隊組織です。

 NORAD(ノーラッド)の追跡チームホームページ http://www.noradsanta.org/jp/default.php

   
   12月23日     待ち人 
 

クリスマスも近づいてきました。

貴方の待ち人は来ますか。

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   12月22日     冬至
 

 二十四節気の一つ、一年中で昼が一番短く、夜が一番長い日。言い換えると北半球では太陽が最も低く、夜が最も長くなる日です。
 お風呂に柚子を入れて入浴すれば、無病息災でいられると言い、粥とカボチャを食べれば中風除けになると伝わっています。柚子は融通に通じると言われ、お風呂に入るのは湯治(とうじ)につながる 、とも言われています。
 現実的には、ゆず湯は、風邪を防ぎ、皮膚を強くするという効果があり、カボチャには、カロチンやビタミンが多く含まれていて、この時期ビタミンなどの供給源が不足しがちな時代には 、柚子もカボチャも貴重なものだったといえます。
 先人の知恵は素晴らしい。

   
   12月21日     宝石の名と色は
 

 次の宝石の名前を読めますか、またそれから色を連想出来ますか。

  「琥珀色」、「瑠璃色」、「瑪瑙」、「蛋白石」、「金剛石」、「黄玉」、「青玉」

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・琥珀 こはく(透明ないし半透明) 蚊が閉じこめられています
・瑠璃 るり  (ラピス-ラズリ)、 紫色を帯びた紺色。
・瑪瑙 めのう 、 美しい赤褐色・白色などの縞文様
・蛋白石 たんぱくせき(オパール)
・金剛石 こんごうせき、(ダイヤモンド)
・黄玉  おうぎょく、こうぎょく  (トパーズ)
・青玉  せいぎょく  (サファイア)

( 宝石の絵図は広辞苑から)

 だれですか? 甘い声を出しておねだりしているのは・・・。大丈夫、サンタは来ます。

   
   12月20日     熊の冬眠
   東京・上野動物園では熊の冬眠に取り組み、この冬には一般公開が期待されています。

 動物園のクマは毎日決まった量のエサを与えられている為、冬眠の必要性を感じず、一年中活動をしています。入園者から見ると活動している熊を見られるので、それも良かったのですが、それは自然の摂理に反しますし、見学者もなぜ冬眠しないのだろかと、疑問が出てきます。
 今年は動物園側も考えて冬眠させる事にし、その状態を見学者に見てもらう事にしました。

 まず冬眠の場所を作りました。穴蔵を想定して暗い穴蔵を用意し、その床には暖かい落ち葉のベットを用意しました。
 次に、寒い季節の到来と共に、ドングリや柿をふんだんに与えて皮下脂肪を増やしました。そして食事を一切与える事を止めました。その結果、1週間後この17日頃から睡眠時間が延びてきました。
 このまま行けば、冬眠にはいるだろうと動物園関係者は期待しています。

 動物園での熊の冬眠は初めての事です。
 暖かい時季と比べると、冬の時季入園者は1/5に激減しますので、その対策でもあるのです。

 ではどの様に冬眠中の熊を観察するのでしょう。冬眠中の穴蔵は暗くて高感度カメラが捕らえられる最低限の光量しか有りません。目を慣らしてから穴蔵の奥に付いているガラス窓から中を覗きます。飼育の担当者の言うには「黒い塊が確認出来るでしょう」と言っています。見られない人は高感度カメラが捕らえた映像をモニターで観察出来ると言っています。

 今年の冬は、熊の冬眠見学でしょう。か?

   
   12月19日     珍名地
 

 安居良基(やすい よしき)さん(33)はサラリーマンで、世界各地の珍名地を探索しています。
「エロマンガ島」、「キンタマーニ」、「チンコ川」、「アホ」、「チンポー湖」、「ハゲ」、「シリフケ」、「パンティ」、「シワ」、「オナラスカ」、「ナンパ」、等々世界中を回ってしまいました。日本も同じように回っています。
 写真:彼のホームページ「オナラスカ」より

 地図上で探索しているのではなく、実地に行ってしまったのがスゴイ。その原点になったのが、

 地理の試験でした。問題中に、ある島の名前を答えるものがありました。私は全くわからず、ショックのあまり思わず、「エロマンガ島」

と書いてしまいました。その試験の結果はさほど悪くはない点数であったと記憶しているのですが、答案には赤い字で、

ふざけるな!

と書いてありました。私は気づくと、地理のA松先生のところに行き、「この島は実在する」ことを地図帳を見せて説明していました。A松先生はなぜか感心しておられました。(笑)

それがすべての始まりでした・・・
で、今回結局制覇してしまいました。まさか本当に行ってしまうことになるだろうとは、当時は考えなかったと思いますが・・・

『世界の「珍名」所 大集合』 http://ankyo.at.infoseek.co.jp/chinmei.html

人口数十人のヘンピな所まで飛行機を乗り継いで行ってしまう根性がアッパレです。写真付きでレポートしています。

   
   12月18日     モミジ
   東京は連日の雨か雲天が続いています。双子座流星群も見られないまま今日になってしまいましたが、からっとした青空はまだ無理のようです。
 雨と風に打たれたモミジも路面を染め始めましたが、紅葉の最後、モミジが最盛期を迎えています。燃えるような真紅が目にまぶしく焼き付きます。

写真をクリックすると大きな写真になります。

   
   12月17日     海っ子ネギ
 

 千葉県九十九里の特産としてこの「海っ子ネギ」を開発、今年から販売を開始しました。

 このネギは台風などで、海水がネギ畑に塩害を及ぼす事が多々ありました。しかし、地元ではその時収穫されたネギは甘くてうまいと、内々で評判になっていました。この事実が本当なのか検証してみる事になり、海水を採取してネギ畑に散布してみたところ、その事実が確証されました。その結果、海水を汲み上げネギ畑に散布してネギを育て、販売まで漕ぎ着けました。
 失敗と言うより、自然災害によって、被害が幸いとなった好例だと言われますが、地元農協の頭の切替が成功に結びついたのでしょう。

 まだ、販売数が少ないので、私もまだ食べた事がありません。早く食べてみた〜〜い。

   
   12月16日     ユニセフ
 

子どもより大切な存在ってあるかしら?」 オードリー・ヘップバーンの言葉

続いてこんな事も言っています。

わたしは、ユニセフが子どもにとってどんな存在なのか、
ハッキリ証言出来ます。
なぜって、私自身が第二次大戦の直後に、
食べ物や医療の援助を受けた子どもの一人だったのですから

(1989年の親善大使就任インタビューより)

日本ユニセフ協会 http://www.unicef.or.jp/top2.html

 ユニセフは、第二次大戦で被災した子どもたちの緊急援助を目的に1946年の第1回国連総会で国連国際児童緊急基金(United Nations International Children's Emergency Fund=UNICEF)として設立されました。
 その後、活動の重点を開発途上国の子どもたちを対象とした社会開発に移し、国連児童基金(United Nations Children's Fund)と改称されましたが、UNICEFの略称は世界中の人々に親しまれていたため、そのまま現在まで引き継がれています。
 資金はすべて任意拠出であり、その3分の2は各国政府からの、3分の1は民間からの拠出です。
 その募金も募集しています。
http://www2.unicef.or.jp/bof/bo.html ここで受け付けています。

 例えば三千円で、失明から子どもを守る1年分のビタミンAカプセルを700人分。または、必要最低限の文房具一式を14人分援助出来ます。
 例えば四千円で、下痢による脱水症から子どもの命を守る経口補水塩を623人分。または、必要最低限の文房具一式を19人分援助出来ます。

 

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